ロングトレイルを歩きたいと思ったとき、最初の壁は装備でも体力でもなく、「休みをどう確保するか」であることが多いです。日本のロングトレイルは、短くても数日、本格的なルートになれば1週間以上の連続した時間を必要とします。有給休暇の残日数、繁忙期との兼ね合い、職場への説明——これらを整理しないまま計画を立てると、出発直前に断念するか、無理な行程に詰め込んで安全を損なうかのどちらかになりがちです。
この記事では、ロングトレイルのために休暇をどう計画し、職場との調整をどう進めるかを、判断の順序に沿って整理します。山の計画と休暇の計画は同時に進めるものであり、どちらかを後回しにすると両方が崩れます。
必要な日数を正直に見積もる
ロングトレイルで最初に決めるべきは「最低何日あれば歩けるか」ではなく、「余裕を持って歩き切るには何日必要か」です。この二つは似ていますが意味が違います。前者はコースタイムを機械的に積み上げた数字で、後者は悪天候・体調不良・エスケープルートへの切り替えを含んだ数字です。
一般的な考え方として、コースタイムの合計に対して以下の余裕を見込むことが勧められています。
- 悪天候の待機日:山域や季節によって異なりますが、1週間の行程なら1〜2日を予備として見ておくのが保守的な判断です。
- 移動日:登山口・下山口への往復には、日帰りでは済まない交通手段が絡むことがあります。前泊・後泊の必要性も含めて計算に入れてください。
- 回復日:帰宅翌日に通常の業務が可能な体調かどうか。長距離・重荷の縦走では、下山後1日の余裕が業務の質を保つうえで現実的です。
たとえば「5日間のルート」を歩くなら、移動込みで最低7日、予備日を加えると8〜9日の休暇申請が安全圏です。この見積もりを職場に提示することは、過剰ではなく誠実な調整です。
休暇取得のタイミングと職場調整の進め方
休暇の申請が通りやすい時期と、ロングトレイルに適した時期は必ずしも一致しません。この不一致を前提にして、逆算の手順を組み立てることが重要です。
ステップ1:山域の適期を先に調べる
日本のロングトレイルは、積雪・残雪・梅雨・台風・紅葉シーズンの混雑など、時期によって条件が大きく変わります。歩こうとしている山域の開山・閉鎖時期、積雪状況の傾向は、各自治体や山域を管轄する機関の公式情報で確認してください。「いつでも行ける」ルートは少なく、適期は意外と短い場合があります。
ステップ2:職場の繁忙期を書き出す
年間カレンダーで繁忙期をあらかじめ洗い出し、その前後に適期が重なる時期を探します。多くの職場では、年度末・決算期・大型連休の直前は申請が通りにくくなります。一方、大型連休(ゴールデンウィーク・お盆・年末年始)に連続取得を組み合わせると、実質的な休暇日数を増やせることがあります。この手法は法的に問題ありませんが、職場の文化や申請ルールに照らして確認してください。
ステップ3:早めに上長へ意図を伝える
長期休暇の申請は、直前では承認が難しくなりがちです。山の計画が固まる前の段階で「○月ごろに1週間前後、休暇を取りたい」と意図だけを伝えておくと、業務調整の余地が生まれます。理由を詳しく説明する義務はありませんが、「登山」と伝えることで緊急連絡の対応(後述)について話し合いやすくなります。
「つながり続ける」プレッシャーとの付き合い方
スマートフォンが普及したことで、山中でも連絡を求められる職場環境が増えています。ロングトレイルでは、山域によっては数日間にわたって通信が途絶します。この点を事前に職場と合意しておかないと、「既読がつかない」「返信がない」というだけで問題になるケースがあります。
現実的な対処として、以下の三点を出発前に整理しておくことを勧めます。
- 通信不能エリアと期間を具体的に伝える:「○日から○日は圏外になる可能性が高い。緊急の場合は○○(代理担当者)に連絡してほしい」と明示します。
- 代理担当者を決める:休暇中に対応が必要な業務を引き継いでおくことで、「連絡がつかない=放棄」という誤解を防げます。
- 衛星通信端末の利用を検討する:近年、衛星通信を使ったメッセージング端末が普及しており、圏外の山中でも簡単な安否確認や緊急連絡が可能になっています。職場への連絡というよりも、家族への安否連絡や緊急時の救助要請が主な用途ですが、「緊急時は連絡できる手段がある」と伝えることで職場の不安を和らげる効果もあります。ただし、衛星通信端末は遭難時の救助要請手段として使うものであり、業務連絡のために山中で稼働させることが適切かどうかは、自分の目的と照らして判断してください。
複数年にわたる計画の立て方
1〜2週間以上のロングトレイルを「今年の有給で一気に歩く」と考えると、多くの人は断念します。日本の有給休暇の平均取得日数(厚生労働省の調査では年間10〜13日程度とされることが多い)を前提にすると、移動・回復日を含めた長期計画は取得可能日数を圧迫します。
現実的なアプローチは、ルートをセクションに分けて複数年かけて歩く「セクションハイキング」です。たとえば東海自然歩道(東京〜大阪、全長約1,700km)や信越トレイル、みちのく潮風トレイルといった日本のロングトレイルは、区間ごとにスタート・ゴールを設定しやすく、セクションハイキングに向いた構造を持っています。
セクションを分ける際の判断基準は以下の通りです。
- 各区間に公共交通でアクセスできる登山口・下山口があるか
- 1回の休暇(3〜5日)で無理なく歩ける距離か
- 歩いた区間を記録として残し、次の計画に引き継げるか
各ロングトレイルの区間情報や難易度の目安は、各トレイルを管理・整備している団体や自治体の公式情報で確認してください。整備状況や通行可否が年によって変わる区間もあります。
計画が崩れたときの撤退判断
休暇を取得して山に入った後、悪天候や体調不良で予定通りに歩けなくなることがあります。このとき、「せっかく休みを取ったのだから」という心理が無理な続行につながりやすいです。
出発前に「この条件が揃ったら撤退する」という基準を書き出しておくことを勧めます。気象条件・体の状態・残り日数——この三つが揃えば撤退の判断がしやすくなります。撤退は失敗ではなく、次のセクションへの引き継ぎです。山域の最新の気象情報は気象庁や各地域の気象台の予報を参照してください。
次の行動
まず、歩きたいロングトレイルの適期と自分の職場の繁忙期を並べて書き出し、重ならない時期を探してください。次に、その時期に向けた仮の休暇取得の意図を早めに上長へ伝え、業務の引き継ぎ体制を考えておきましょう。YAMATOMOの「ベースキャンプ」では、同じルートを歩いた経験のある登山者と情報交換できるため、計画段階での不明点を整理するうえで役立ちます。
参考資料
- 厚生労働省「就労条件総合調査」
- 各ロングトレイル管理団体の公式情報(東海自然歩道、信越トレイル協議会、みちのく潮風トレイル管理団体など)
- 気象庁 登山に関連する気象情報