山でケガをしたとき、最初の数分間の判断が、その後の経過を大きく左右します。「歩けるから大丈夫」と動き続けて悪化させるケースも、「すぐ助けを呼ぶべきだったのに」と後悔するケースも、どちらも起きています。
この記事では、登山中のケガに直面したときに「自力下山を試みる」か「その場で救助を要請する」かを判断する基準と、救助が来るまでの間にできる応急処置の考え方を整理します。医療の専門知識がなくても実行できる順番で説明しますが、ケガの状態や持病によって対応は変わります。個別の判断は必ず医師や救急の専門家の指示に従ってください。
まず「動けるかどうか」より「動いていいかどうか」を確かめる
ケガ直後に確認すべきことは、「痛みの強さ」ではなく「安全に荷重できるか」です。骨折や靭帯損傷は、アドレナリンが出ている直後は思ったより動けることがあります。「痛いけど歩ける」という感覚を過信すると、転倒・骨折の悪化・低体温症のリスクが重なります。
最初の確認は次の3点です。
- 患部に体重をかけたとき、激しい痛みや異音・異常な動きがあるか——ある場合は骨折や重度の靭帯損傷の可能性があり、荷重を続けることで悪化します。
- 頭部・首・背中を打っていないか——打撲の直後は症状が軽くても、脊椎や頭部への影響は後から現れることがあります。転倒・滑落後は必ず確認してください。
- 出血が止まらないか、または大量か——直接圧迫で数分以内に止まらない出血は、自力下山の前に処置が必要です。
この3点のいずれかに該当する場合は、自力での下山を試みる前に、まず救助要請を検討してください。
救助を要請する判断基準
「救助を呼ぶのは大げさでは」と感じる気持ちはよく理解できます。しかし、山での判断基準は平地とは異なります。以下のいずれかに当てはまる場合は、迷わず救助を要請することが一般的に勧められています。
- 足首・膝・股関節に体重をかけると激しく痛み、歩行が著しく困難な場合
- 頭部・首・背中を強く打った場合(意識の変化、しびれ、吐き気がある場合はとくに)
- 出血が直接圧迫で止まらない場合
- 低体温症・熱中症・高山病などが疑われ、症状が悪化している場合
- 現在地から登山口まで、日没前に安全に戻れる見込みがない場合
- 単独行で、動けなくなった場合
「この程度で呼んでいいのか」と悩む場合でも、119番や警察(110番)に電話して状況を説明し、指示を仰ぐことができます。判断を求めること自体は、救助要請と同じではありません。
救助要請の手順
電話をかける前に確認すること
電話がつながったとき、落ち着いて伝えられるよう、以下を手元に用意してください。
- 現在地:山名、ルート名、登山口からのおおよその位置、近くの道標の番号や名前。地図アプリのGPS座標があれば読み上げられるよう準備する。
- ケガの状況:何が起きたか、患部、意識の有無、出血の状態。
- パーティの人数と状態:負傷者の人数、同行者がいるか。
- 天候と装備:現地の天候、ツェルト・防寒具の有無。
かける先
山岳救助の要請先は地域によって異なります。119番(消防・救急)または110番(警察)のどちらからでも山岳救助につなぐことができます。電波が弱い場合は、発信できる場所に移動するか、同行者に別のキャリアの端末で試してもらってください。
衛星通話に対応したデバイス(一部のスマートフォンや衛星通信端末)を携行している場合は、電波のない場所でも発信できます。
電話がどうしてもつながらない場合の最終手段として、笛を3回短く吹く(国際的な遭難信号は6回ですが、3回でも他の登山者に気づいてもらえることがあります)、明るい色の装備を広げて目立たせる、同行者や近くにいた登山者に下山して通報を依頼するといった方法があります。
救助が来るまでの応急処置
救助要請の後、または自力下山前に状態を安定させるための処置を説明します。ここでは特別な医療資格なしに実施できる範囲を示します。
出血への対処
清潔なガーゼや布を傷口に当て、直接強く圧迫し続けてください。圧迫する時間の目安は少なくとも10分間です。一度当てたガーゼは外さず、上から重ねて圧迫し続けます。傷口を水で洗い流すことは、清潔な水がある場合には有効ですが、それよりも止血を優先してください。
骨折・ねんざの疑い
患部を動かさないことが基本です。スリングやストック、木の枝などを使って患部を固定(副木:そえぎ)することで、移動時の痛みと悪化を抑えられます。固定する際は、患部の上下の関節をまとめて固定するのが原則です。血流を妨げないよう、きつく締めすぎないようにしてください。
低体温症の予防
動けない状態での待機は、気温が高くても低体温症のリスクがあります。地面からの冷えを遮断するため、ザックや着替えを敷いて座るか横になってください。ツェルトや雨具で風と雨を防ぎ、保温着を着込みます。カロリーを含む食料と水分を少量ずつ摂ることも体温維持に役立ちます。
頭部・脊椎への打撲が疑われる場合
できる限り動かさないことが原則です。意識がある場合は安静を保ち、首や背中を不用意に曲げないようにしてください。意識がない場合や呼吸の異常がある場合は、気道確保と心肺蘇生の判断が必要になりますが、その手順は心肺蘇生法(CPR)の講習で事前に学んでおくことが推奨されます。
自力下山を選んだ場合の判断と注意
骨折・脊椎損傷・頭部打撲の疑いがなく、出血が止まっており、歩行が可能な場合に限り、自力下山を検討できます。ただし、以下の点に注意してください。
- 下山方向を確認する:必ずしも「来た道を戻る」が最短・最安全ではありません。エスケープルートや最寄りの山小屋への経路を地図で確認してください。
- ペースを落とす:ケガのある状態での転倒は最悪の状況につながります。痛みをかばって歩くと通常の2〜3倍の時間がかかることもあると想定しておいてください。
- 誰かに状況を伝える:下山開始前に、登山届の緊急連絡先や同行者に連絡できる場合は現在地と状況を伝えてください。
- 途中で判断を見直す:「歩き始めたら悪化した」「日没が近くなった」場合は、躊躇せず再度救助要請を検討してください。一度動き始めたからといって引き返せないわけではありません。
次の行動
山でのケガに備えて、出発前にファーストエイドキットの内容(ガーゼ、包帯、テープ、三角巾など)を確認し、使い方を理解しておくことが重要です。日本山岳ガイド協会や各地の山岳団体が開催する山岳救急・ファーストエイド講習の受講も検討してください。YAMATOMOの認定ガイドへの依頼機能から、安全管理の知識を持つガイドと山行を計画することも一つの選択肢です。
参考資料
- 警察庁「山岳遭難の概況」
- 消防庁「救急・救助の現況」
- 日本山岳ガイド協会 安全登山に関する資料
- 日本赤十字社 山岳ファーストエイド関連資料