「今年のブナは豊作らしい」というニュースを、この秋の安全保証として受け取るのは早すぎます。2026年度4〜7月のクマ出没件数は17,362件(北海道と九州・沖縄を除く集計)で、過去最悪だった前年同期を3割半ば上回っています。豊作予報が意味することと意味しないことを環境省の速報値で切り分けたうえで、この夏に国が初めて性能の目安を示したクマ撃退スプレーまで扱います。
ブナは豊作予報。それでも今年の出没件数は過去最悪の年を上回っています
秋田県林業研究研修センターが2025年11月に発表した「2026年ブナ豊凶予報」では、県内5地点のうち八森・森吉山・東成瀬・鳥海の4地点が「豊作」、田沢湖が「並作」でした。新潟県が2026年7月に県内189地点で行った結実調査でも、4地域すべてが「豊作」と判定されています。逆にいえば、豊作が確認できているのは主に東北と北陸です。ほかの山域に入るなら、その県の発表を別に見る必要があります。
ところが環境省が2026年9月9日に更新した出没情報の速報値では、2026年度4〜7月のクマ出没件数は17,362件(北海道と九州・沖縄を除く集計)。過去最悪だった2025年度の同じ4か月(12,716件)を約36.5パーセント上回っています。
ただしこの件数は、住民や登山者の通報と自治体の集計に依存する数字です。前年の記録的な出没と報道のあとでは、クマの数が同じでも通報だけが増えることはありえます。増加分をそのままクマの増加とは読めません。
それでも、通報の多寡に左右されにくい人身被害のほうも見ておく必要があります。環境省が月別に公表している集計では、2026年度は8月末までに56件・60人、うち死者6人。2025年度の4〜8月は62件・69人、うち死者5人でした。件数も被害者数も前年を下回っており、出没件数の急増とは逆を向いています。ただし死者だけは1人増えました。この差だけで傾向や原因は判断できませんが、被害者数が減っているのに死者が減っていないことは記録しておく価値があると考えます。
直近数年のデータでは、豊作の年と凶作の年で出没のピーク月がずれています
秋田の5地点すべてが凶作だった2025年度は、全国の出没件数が10月だけで15,998件に達し、9〜11月の3か月に年間50,801件の約6割が集中しました。一方、秋田が3地点豊作・2地点並作だった2024年度は、年間20,513件のピークが10月ではなく6月の4,459件でした。
堅果の豊凶は、まず「年間の量」ではなく「季節の形」に出る。環境省の速報値を年度ごとに並べると、そう読めます。実りが多い年は秋のうちに森で脂肪を確保できるため人里へ降りる動機が薄れ、ピークは若い個体が分散する初夏に残る——環境省や各県の資料はおおむねこう説明しています。
ただし年度ごとに比べられるのは2024・2025年度の2年度分で、豊凶の判定も秋田5地点のものです。この比較だけで2026年10月の出没を予測することはできません。問題はピークの位置ではなく水準です。豊作予報の年である2026年度の4〜7月17,362件は、凶作だった2025年度の同じ4か月12,716件を上回っています。季節の形が変わっても、底上げされた水準まで下がるわけではない、というのが今年の見え方です。
そもそも豊凶予報は確定値ではありません。同センターの手法は冬芽の混芽の比率から翌春の開花量を推定するもので、開花は結実の十分条件ではないからです。さらに同センターのミズナラ結実調査では、鳥海が2016年以降、東成瀬が2021年以降、八森が2023年以降、ナラ枯れで調査そのものが続けられなくなっています。ブナ1種の予報を「今年の山の餌事情」と読み替えるのは解像度を上げすぎではないかと考えます。ブナは豊作の翌年に凶作へ振れる隔年周期が知られており、秋田魁新報の報道によれば、専門家は2026年の豊作のあと2027年が凶作に振れる可能性を警戒しています。
2025年度の人身被害は約7割が9〜11月——秋も地域の情報を確認する
登山者にとって効くのは、全国の総数よりも季節配分です。2025年度の人身被害238人の内訳は、9月39人、10月89人、11月33人。この3か月だけで161人、全体の約68パーセントを占めます。死者13人のうち8人も同じ3か月でした。
そして、この3か月に登山者が動かせるつまみは多くありません。新潟県が呼びかけているのは、複数で行動すること、鈴やラジオなど音の出るものを携行すること、早朝と夕方の入山を避けることの3点です。音は追い払う道具ではなく、こちらの存在を先に知らせて鉢合わせを避ける道具です。
もう一つが、出発前の目撃情報の確認です。2026年5月30日に八王子城跡でツキノワグマの目撃が寄せられた際、八王子市は登山道入口に張り紙を掲出し、高尾警察署とともに現地を確認しています。都内の低山でも、この運用は回っています。
クマ撃退スプレーに公的な規格はまだありません。国が8月に示したのは「推奨要件」です
遭遇の確率は下げられますが、ゼロにはなりません。2026年8月、環境省が「クマ撃退スプレーの性能に係る推奨要件」を公表し、同月25日には消費者庁・環境省・国民生活センターが連名で「クマ撃退スプレーの備え方」という注意喚起も出しました。
注意したいのは、環境省の推奨要件が法的拘束力を持つ規格ではないことです。同資料自身が、日本国内には規格も表記も使用に関する公的なルールも存在していない、と現在形で書いています。空白が埋まったのではなく、埋める方向の目安が初めて示された段階です。同資料によれば、国内で流通する製品には、対人用の催涙スプレーをクマ対策用と称して売っているものや、米国環境保護庁(EPA)の登録製品に酷似したラベルを貼った模造品が含まれます。
推奨要件の数値は明快です。有効成分はカプサイシンと関連カプサイシノイドの合計濃度(CRC濃度)で1.0〜2.0パーセント程度、噴射距離7.5メートル程度以上、噴射時間6秒程度以上、噴射パターンは霧状で円錐状に広がるもの。正確な照準が要る棒状の液流(ストリーミング)タイプは推奨されていません。商品ページでこの4つを確認できない製品は、買う前に一度立ち止まる価値があります。同資料は、引用した北米の分析で適切な噴射の9割以上が抑止に成功したとする一方、「安全を100%保障するような対処方法ではない」とも明記しています。
同資料によれば、クマは秒速11メートル以上で走ります。30メートルの距離から突進された場合、噴射の準備に使える時間は3秒未満です。ザックの中やサイドポケットに入れたスプレーは、実質的に持っていないのとほぼ同じです。推奨要件がベルトや肩ひもで腰や胸に装着する専用ケースと、手元を見ずに安全装置を外せる構造を求めているのは、そのためです。ペットボトルホルダーでの代用は、脱落のおそれがあり避けるべきとされています。
同資料によれば、テント周囲などへの事前散布は、残った臭いがかえってクマを誘引するため逆効果です。その場にとどまるクマに近づいて噴射する追い払いも非推奨で、あくまで突進してくるクマへの緊急の防御手段です。航空機に持ち込めないことは消費者庁の注意喚起に明記されています。有効成分と噴射ガスは製造後に劣化するため使用期限も推奨要件に入りました。毎シーズン期限と装着位置を点検する装備だと考えます。
まとめ:豊作予報だけでは、秋の出没や安全を判断できません
2026年9月時点で確認できる事実は3つです。まず、ブナは秋田では5地点中4地点、新潟では4地域すべてで豊作と判定されている。次に、直近数年のデータでは、豊作寄りの年の出没ピークは秋ではなく初夏に来ている。そして、それでも2026年度4〜7月の出没件数は前年同期を上回っている。豊作予報だけで10月の出没数や遭遇リスクを予測することはできません。地域の最新情報と出没対策を確認してください。
出発前には自治体やビジターセンターの目撃・規制情報を確認します。YAMATOMOの山チャットなどの投稿は補足情報として役立ちますが、日時・場所や確認の確かさを見極める必要があります。投稿がないことも安全の保証にはなりません。情報の確認と、遭遇を避ける行動、適切な装備を組み合わせて備えてください。
参考資料・出典
- 環境省「クマ類の出没情報について[速報値](令和8年9月9日更新)」
- 環境省「R08年度におけるクマの人身被害件数[速報値](月別)」
- 環境省「R07年度におけるクマの人身被害件数[速報値](月別)」
- 環境省「クマ類による人身被害について[速報値](令和8年9月9日更新)」
- 環境省「クマ撃退スプレーの性能に係る推奨要件(令和8年8月)」
- 消費者庁「クマ撃退スプレーの備え方―事前の確認・準備が必須です―」
- 秋田県林業研究研修センター「秋田県ブナ豊凶結果/秋田県ミズナラ豊凶結果(2002〜2025年)」
- 秋田県林業研究研修センター「2026年ブナ豊凶予報/ブナ・ミズナラ結実状況調査結果」
- 新潟県「クマの出没情報・ブナの結実状況調査結果」
- 環境省「クマに関する各種情報・取組」
- 秋田魁新報「再来年も凶作?クマ出没に警戒 ブナの実隔年周期、秋田県調査」
- 八王子市「八王子城跡におけるツキノワグマの目撃情報等について」