岩場で雨に降られたとき、最初に変わるのは足元の感覚です。乾いているときに問題なくこなせたステップが、水を含んだ途端にまったく別の難易度になります。グリップの効いていたソールが滑り、手がかりにしていた岩の凹凸が水の膜で均されます。「雨でも岩場を歩けるか」という問いへの答えは、岩質・傾斜・雨量・自分の技術によって変わります。この記事では、その判断基準と、やむを得ず濡れた岩場を歩くときの具体的な手順を整理します。
雨の岩場で事故が起きる原因の多くは、「乾いているときと同じ感覚で動いたこと」です。足の置き方、荷重のかけ方、鎖や岩角への依存度——それぞれを意識的に調整すれば、リスクは大きく下げられます。逆に言えば、調整できないうちは岩場での行動を縮小・中止する判断が安全側です。
岩質によってグリップの低下幅は大きく異なります
濡れた岩場を歩く前提として、自分が立っている岩の種類を大まかに把握しておくことが役立ちます。
花崗岩(かこうがん)は、乾燥時にザラザラした表面を持ち、ソールとの摩擦が高い岩質です。ところが濡れると石英や長石の粒子が水でコーティングされ、摩擦が急落します。雨の花崗岩は「ツルツルのタイル」に近い感触になることがあります。北アルプスや奥秩父の稜線でよく見られます。
安山岩・玄武岩は、表面が荒く多孔質なものが多く、少量の雨では比較的グリップが保たれます。ただし苔が生えやすく、苔に水が乗ると一気に滑りやすくなります。
石灰岩は、水に溶けやすい性質から表面が磨耗して滑らかになりやすく、濡れると非常に危険な部類に入ります。
どの岩質でも「濡れたら乾燥時より滑る」という前提は変わりません。ただし、低下の幅と予測しやすさに差があります。初めて訪れる山域では、岩質についてガイドブックや登山地図の山域解説で事前に把握しておくと判断の精度が上がります。
「歩けるか/引き返すか」を決める判断基準
濡れた岩場に踏み込む前に、自分に問う項目を持っておくことが大切です。
中止・引き返しを強く検討する状況
- 雨が降り続いており、今後も止む見込みがない(気象庁の予報で確認)
- 岩の表面に流水が見える、または水たまりが鎖場や核心部を覆っている
- 鎖・ロープが濡れて手がかりとして頼れなくなっている
- 雷の兆候がある(稜線上の岩場では特に危険)
- 自分の体が疲弊していて、慎重な動作を維持できない自信がない
注意しながら続行を検討できる状況
- 雨が上がり、岩の表面が乾き始めている
- 傾斜が緩く、滑っても止まれるスペースがある
- 後退よりも前進のほうが安全なルート構造になっている
- 同行者または自分自身に岩場の経験が十分にある
この判断はあくまで一般的な指標です。現地の状況は変化しますし、体力や技術の個人差も大きいため、迷ったときは保守的な判断を優先してください。
濡れた岩場での歩き方:荷重と重心の基本
岩場の歩行技術の根幹は「三点支持(さんてんしじ)」——両手・両足の四点のうち三点を常に固定しながら動く方法です。雨の岩場ではこれをより厳密に守ることが求められます。
ソールを面で当てる
乾燥時でも大切な原則ですが、濡れた岩ではさらに重要です。つま先やかかとの端だけで立つと、接触面積が減り、わずかな衝撃でずれます。ソールのできるだけ広い面を岩に対して平行に当てるよう意識してください。傾斜のある岩面では、足首を柔らかく使って靴底を岩に「貼りつかせる」感覚を持つと安定します。
重心を低く、体を岩から離しすぎない
岩場では本能的に岩に抱きつきたくなりますが、体を岩に密着させると足元が見えず、荷重が後ろにかかりやすくなります。逆に体を開きすぎると重心が足の真上からずれます。上半身はやや前傾を保ちながら、足の真上に重心を置くのが基本です。濡れた岩では歩幅を小さくし、動作一つひとつの間に必ず安定を確認してから次へ進んでください。
鎖・ロープへの依存を減らす
鎖や固定ロープは「補助」であり、「ぶら下がるもの」ではありません。濡れた鎖は素手で握ると滑りやすくなります。グローブを着用していればある程度補えますが、鎖そのものが老朽化していたり、固定ボルトが緩んでいる可能性もゼロではありません。鎖はバランスを補助する程度の力でつかみ、体重の大半は足で支えることを習慣にしてください。
雨の岩場で落ちやすいポイントと対処
下りは上りより何倍も難しいです
濡れた岩場では、上りよりも下りで滑落が起きやすくなります。上りでは体の重心が斜面に向かっており、足が滑っても体が岩に押しつけられる方向に働きます。下りでは逆で、足が前に滑ると体が後方に倒れます。急な下りでは必要に応じて後ろ向きで降りる(岩に向かい合いながら三点支持で降りる)判断も持っておいてください。
苔のある岩は乾いていても滑ります
濡れた苔は最も滑りやすい岩面の一つです。苔は北側の岩や林の中に多く、色が濃い緑のものほど水を含みやすいです。雨が上がった後でも苔は長時間湿っています。苔の上に乗らないルート取りを意識し、どうしても通る場合はできる限り荷重を分散させてください。
ザックの重心は低く、ゆっくり動く
荷物が重いほど、滑ったときの慣性は大きくなります。重いザックを背負って岩場を下るときは、動作速度を意識的に落としてください。「早く通過すれば雨露が少なくなる」という発想は、岩場では逆効果です。
装備の確認:雨の岩場を歩く前に整えるもの
- 登山靴のソール:ビブラム等のラバーソールは摩耗が進むとグリップが著しく低下します。ソールの溝が浅くなっていたり、ゴムが硬化している靴は、雨の岩場では特に危険です。登山靴メーカーや登山用品店で確認・交換の相談をしてください。
- グローブ:濡れた鎖を素手でつかむと冷えと滑りの両方が起きます。薄手の摩擦素材のグローブが役立ちます。
- レインウェア:体が濡れると体温が下がり、判断力と筋力が低下します。岩場に入る前にレインウェアを着用してください。着用のタイミングは「降り始め」ではなく「降りそうな空模様」が目安です。
装備の詳細な選び方は、各メーカーの公式情報や登山用品店のスタッフに確認することをおすすめします。
次の行動
近日中に岩場のある山行を予定しているなら、事前に山域の岩質と予報を調べておいてください。天気予報は気象庁の登山向け情報も参照し、山行当日の午前と前日夜で更新を確認する習慣をつけると判断の精度が上がります。雨の岩場に不安を感じている場合は、認定ガイドへの相談も選択肢の一つです。YAMATOMOでは認定ガイドへの依頼ができます。
参考資料
- 気象庁「山の天気(登山指数・解説)」
- 警察庁「山岳遭難の概況」(各年版)
- 各登山靴メーカーの公式ソールメンテナンス情報