岩場や鎖場でストックをどうするか、迷ったことはないでしょうか。「少し岩っぽくなってきたけれど、まだ使えるかもしれない」「しまうのが面倒だから手に持ったまま進もう」——そう判断して進んだ結果、岩につまずいたり、鎖を握るときにストックが邪魔になったりする場面は珍しくありません。
この記事では、ストックをしまう判断基準を「地形の変化のどこで決断するか」という観点から整理します。しまい方の手順そのものより、「どの地点で・どのような根拠で決断するか」が核心です。縦走や泊まり山行で岩稜帯を通過する経験を積もうとしている方に、特に読んでいただきたい内容です。
「手に持ったまま」がなぜ危ないか
ストックを手に持ったまま岩場に入る行動は、見た目より危険です。
鎖や岩角を握る場面では、手のひら全体で確実に保持する必要があります。ストックのグリップを握っている状態では、指が分散して開き、鎖を十分に引き付けられません。また、岩に手をつく際にストックの石突きが先に着地すると、支点が滑りやすい一点に集中します。岩面の傾斜や濡れ具合によっては、そのまま体重が逃げて転倒につながります。
「とりあえず短く縮めて持つ」という対処も同じ問題を抱えています。短くしても手に物を握っている事実は変わらず、岩を直接触る感触が失われます。岩場での手の役割はバランス保持だけでなく、岩の安定性を確かめる「感知」でもあります。グローブ越しでもストック越しより岩の状態は伝わります。
しまうタイミングを決める三つの地形サイン
「岩っぽくなってきた」という曖昧な認識ではなく、地形の具体的な変化をサインにして判断します。
① 両手を岩につく可能性が出てきたとき
足元だけでなく、前傾姿勢で岩に手を添えながら歩く地形に変わった時点です。土や砂利の道が岩盤に切り替わり、歩幅の選択肢が急に減ったと感じたら、このサインと考えてください。「まだ足だけで行けそう」という判断を一歩保守的にずらすことが重要です。
② 鎖・ロープ・ハシゴが現れる手前
鎖場が始まってからしまおうとすると、斜面の途中でザックを下ろす作業が発生します。傾いた地面でザックを開ける動作は、予想以上にバランスを要します。鎖場の入口標識や、鎖が見え始めた地点より手前の、足場が安定した平坦部分でしまうのが原則です。
③ 浮き石・段差・岩角が連続する区間に入るとき
鎖がなくても、浮き石が多い急斜面や、岩角を手で押さえながらまたぐ地形ではストックは邪魔になります。足の置き場を一つずつ確認しながら進む局面に変わったと感じた時点で、立ち止まる判断をしてください。
しまう手順と場所の選び方
しまう行為自体にも、安全な手順があります。
まず、しまう場所を選びます。両足が安定した広めの岩の上か、少し後退して土の道に戻れるなら戻ります。傾斜の途中で立ち止まる場合は、必ず岩か木などにもたれかかり、後ろ向きに滑らない体勢を作ってから作業を始めます。
ストックを縮める順番は、利き手と逆の手から先に縮めてザックのホルダーかループに仮止めし、次に利き手側を縮めます。両方を同時に処理しようとすると、どちらかを岩の上に置く場面が生まれ、転がる危険があります。
ザックのサイドポケットに差すか、アックスホルダーなどのループに固定するかは装備によって異なりますが、共通のポイントは「石突きが上を向かないこと」です。転倒時にストックの石突きで顔や首を打たないよう、石突きは必ず下向きか、ザックの内側に向けて収納します。
グローブは、岩場に入る前にしまうタイミングで装着確認を合わせて行うと効率的です。岩場では素手より指先の感触が伝わりにくくなる薄手のグローブが適しています。
「岩場が終わったらすぐ出す」への注意
岩場を抜けた直後、すぐにストックを出したくなる気持ちはわかります。しかし、岩稜帯の「出口」はしばしば曖昧です。
岩が途切れて土の道になっても、すぐに再び岩場が続くルートは多くあります。地図やルート図で次の岩場区間を事前に確認し、「ここから先はしばらく普通の登山道」と判断できる場所まで待つことで、しまう・出すを繰り返す回数を減らせます。
頻繁に出し入れする手間を嫌って「持ったまま行ってしまおう」という判断につながりやすい点が、岩場のストック管理で最も失敗しやすいパターンです。ルートの全体像を行動前に把握しておくことが、この問題を根本から減らします。
山域の地形や難易度は、各自治体・山小屋・登山口の案内板や国土地理院地形図で事前に確認してください。当日の天候による岩面の状態(濡れ・凍結)は出発前に気象庁の山岳天気予報も参考にしてください。
縦走・泊まり山行での考え方
日帰りと違い、縦走や泊まり山行では荷物が重く、体への負担が蓄積します。ストックが有効な場面(長い下り、ザレ場)と、しまうべき場面(岩稜、鎖場)が一日のうちに何度も切り替わります。
重要なのは「出し入れを面倒がらない習慣をつけること」です。重荷でも安全に出し入れできる手順を、荷物が軽い日帰りのうちに体に染み込ませておくことが、泊まり山行への準備として有効です。また、ストックをしまう時間を惜しんで先行するパーティに遅れまいとする焦りは、判断ミスの原因になります。パーティ全員が安全にしまい終えるまで、前後の人も立ち止まる習慣が縦走グループには特に大切です。
次の行動
次に岩場のあるルートを歩く前に、地図でストックをしまうべき区間を事前にマークしておきましょう。当日の岩面の状態は気象庁の天気予報と登山口の情報で確認し、雨後や早朝は岩が濡れている前提でしまうタイミングを一段階早めてください。仲間と歩く場合は、出発前に「どこでしまうか」をひと言確認しておくと、行動中の判断が揃います。YAMATOMOの「ベースキャンプ」で岩稜帯の経験を持つ地域の登山者とつながり、具体的なルートの注意点を事前に聞いておくことも判断の精度を高めます。
参考資料
- 国土地理院「地形図の読み方」
- 気象庁「山岳地域の天気予報」
- 警察庁「山岳遭難の概況」(各年版)