岩場や鎖場でザックが「邪魔」に感じる瞬間があります。鎖を掴もうとして腕が上がらない、岩の隙間をくぐろうとしてザックが引っかかる、足元を確認しようとしたら頭だけ前に傾いてバランスを崩しかける——これらはすべて、ザックの重心と形状が岩場の動作と合っていないことで起きています。
「岩場でのザックの扱い方」というテーマで検索する人の多くは、すでにザックを持っていて、これから本格的な岩稜歩きや縦走に進もうとしています。このような読者にとって大切なのは「どのザックを買うか」より「いま手元にあるザックをどう使うか」、そしてステップアップする際に「何を基準に選ぶか」です。この記事ではその二つを軸に話を進めます。
なぜ岩場では重心が問題になるのか
平坦な登山道では、ザックの重心が多少高くても後方に寄っていても、2本足で歩く動作のリズムで補正できます。ところが岩場では、体が斜めになる・四つん這いになる・体をねじって足場を探すといった動作が連続します。このとき、ザックの重心がずれていると「重力の引っ張り方向」と「体が進みたい方向」が一致しなくなり、必要以上の筋力で姿勢を保つことになります。
具体的に言うと、重心が高い(ザックの上部に荷物が集まっている)と、岩を登るために前傾したとき後ろに引き戻される力が強くなります。鎖を引いて体を持ち上げる動作でも、背中の荷物が弧を描いて上体を起こそうとするため、腕と体幹に余分な負担がかかります。一方、重心が低すぎる(ザックの底に重いものが集まっている)と歩行中の上下動は安定しますが、岩場では腰を落とした姿勢が取りにくく、かえって動きにくいケースもあります。岩場における理想は「肩甲骨の高さ付近に重心を持ってくる」ことです。
パッキングの原則——岩場を歩く前に確認すること
岩場を含むルートを歩く前日、もしくは登山口でのパッキングを見直す際に、次の順番で荷物を配置してください。
重いものを背中側・肩甲骨の高さに集める
テント・シュラフ・食料・水などの重いものは、ザックの背面に密着させ、縦方向では肩甲骨から腰骨の上端あたりにまとめます。重いものを背面から離して外側に配置すると、重心が体から遠ざかり「てこの原理」でその重さが数倍に感じられます。
軽くかさばるものを上部・外側に
レインウェア・ダウン・着替えなど、軽くて体積のあるものは上部に入れても重心への影響が小さいです。ただし、取り出す頻度が高いものは出し入れのしやすさを優先して問題ありません。
サイドポケット・トップリッドに入れすぎない
岩場でザックが引っかかる原因の多くは、サイドポケットや天蓋(トップリッド)に付けたアイテムが岩の突起や鎖の金具に触れることです。水筒・行動食・スマートフォンなどを入れるのは問題ありませんが、ストック・スコップ・アイゼンなどをザックの外側に大きく張り出した状態でつけると、鎖場やクサリの吊り部分に引っかかるリスクが上がります。
外付けは岩場の前後で付け替える
ストックをザックに外付けする場合、岩場の手前では必ず収納し直すか袋に入れてザック内に押し込んでください。外側に飛び出したポールが岩の隙間や鎖の金属部品に引っかかると、体のバランスを一瞬で崩します。
「引っかかり」を減らすザックの形と機能
ここでは、岩場・鎖場での動作を想定したときに差が出る、ザック本体の形状と機能について説明します。
縦長・細身のシルエット
幅広のパネルローディング型(開口部が前面全体に開くタイプ)は荷物の出し入れに優れますが、横幅が広い分、岩場での引っかかりが増えます。岩稜歩きや鎖場が多いルートでは、縦長で背面から荷物を入れるトップローディング型のほうがシルエットがコンパクトになり、岩の間での取り回しがしやすくなります。
ヒップベルトのボリューム
大型ザック(40L以上)では腰荷重を高めるために厚みのあるヒップベルトが使われています。これ自体は疲労軽減に有効ですが、岩場で体を横向きにしたり、狭い岩の間をすり抜けたりするときにヒップベルトのパッドが引っかかることがあります。岩場が続くセクションに差し掛かったら、ヒップベルトを一時的に緩めておく(体から浮かせる)ことでこの問題を軽減できます。ただし、緩めると腰荷重が抜けて肩への負担が増すため、距離・状況に応じて判断してください。
サイドポケットの素材と取り付け位置
素材がメッシュのストレッチ素材のサイドポケットは、岩に触れたとき破れやすいという弱点があります。岩場が多いルートでは、サイドポケットの位置がウエストラインに近いザックのほうが腕の動作への干渉が少なく、かつ岩の突起に引っかかりにくい傾向があります。一方、肩の位置に近い高いポケットは腕の振り上げの邪魔になりやすいです。
行動中の調整——鎖場に入る直前にやること
ザックのフィットは登山口で一度合わせたら終わりではありません。岩場特有の姿勢に合わせて、鎖場の手前で小さな調整をしておくことが安全につながります。
- ショルダーストラップを気持ち締め直す 岩場では体が前傾・横向き・上向きになるため、ザックが体から離れやすくなります。ショルダーストラップを1〜2段階締め、ザックを体に密着させます。
- チェストストラップ(胸ストラップ)を確認する チェストストラップは腕の動作を制限しすぎない高さに調節します。鎖を握るために腕を肩より上に伸ばす場面が多い場合、ストラップの位置が高いと肩が上がりにくくなります。胸の中央よりやや低め(みぞおちと鎖骨の中間あたり)を目安にしてください。
- 外付けアイテムの最終確認 ストック・マット・スコップなど外付けのアイテムが揺れないよう固定されているか、引っかかりそうな突起がないかを確認します。
- トップリッドの中身を確認する 行動食や地図など頻繁に取り出すものをトップリッドに入れている場合、鎖場を登り終えたあとに取り出せるよう段取りを決めておきます。鎖場の途中でトップリッドを開けようとすると、両手が塞がって危険です。
ザックの容量と岩場の相性
「何リットルのザックが岩場に向いているか」は、行動の内容によって変わります。ただし、一般的な傾向として知っておくと判断の助けになります。
- 〜25L、岩場での扱いやすさ:軽量でコンパクト、引っかかりが少ない、向いている行動:日帰り岩場、ハイキング+岩稜
- 30〜45L、岩場での扱いやすさ:バランス型、ただしパッキングの巧拙が出やすい、向いている行動:1〜2泊縦走、岩稜帯が一部
- 50L以上、岩場での扱いやすさ:大きく重い分、岩場では動きに制約が出やすい、向いている行動:複数泊縦走、技術的な岩稜では要注意
50L以上のザックで技術的な岩場(Ⅱ〜Ⅲ級程度のルート)を歩く場合、プロガイドの同行や事前のルート下見が推奨される場面が増えます。ザックが大きいこと自体が危険なわけではありませんが、体の動作の制約が増えることを前提に計画を立てる必要があります。
次の行動
岩場歩きの前に、まず手持ちのザックでパッキングを見直してみてください。重いものを背面・肩甲骨の高さに集め、サイドポケットと天蓋の外付けを最小限にするだけで、重心と引っかかりの問題の多くは改善されます。次のステップとして岩稜縦走や雪山を計画しているなら、YAMATOMOの認定ガイドに装備の相談をすることも一つの方法です。ルートに合ったザックの選び方・パッキングの確認を、実際の行動前にプロと話し合うことで準備の精度が上がります。
参考資料
- 一般社団法人 日本山岳・スポーツクライミング協会(JMSCA)技術指針
- 消防庁・警察庁 山岳遭難統計(遭難原因の分類)