著者 YAMATOMO 編集部 公開日 約9分で読めます

山岳救助ヘリ「有料化」はどこまで進んだか——埼玉の38件と、富士山で引かれようとする線

山並みの上を飛ぶ救助用ヘリコプターを遠くから望むイメージ
AI生成によるイメージです。現地や現在の状況を撮影した実写ではありません。記事中の人物・事故・救助活動を再現したものではありません。

山岳救助ヘリの有料化は、2026年9月時点でも全国で埼玉県の1県だけです。導入から8年、徴収実績は38件にとどまります。富士山を抱える静岡・山梨両県では検討が進み、山梨県は9月14日に制度の方向性を公表しました。進んだ県と動けなかった県を分けたのは賛否の世論ではなく、「どこに線を引けるか」という制度設計の問題でした。そして両県がいま引こうとしている線は、埼玉の線とは種類が違います。

公的ヘリの救助有料化は、8年たっても埼玉県だけ

埼玉県は防災航空隊の緊急運航業務に関する条例を改め、2018年1月1日から山岳救助の一部を有料にしました。公的機関のヘリ救助に手数料を課したのは全国で初めてです。当初は飛行5分ごとに5,000円、2024年4月1日からは5分ごとに8,000円に引き上げられています。1時間飛べば約9万6,000円という計算です。

東京新聞によれば、施行から2026年3月までの徴収は38件、1件あたり平均およそ7万2,000円でした。年に4〜5件のペースです。警察庁の統計では、埼玉県の山岳遭難は2025年だけで77件・86人。ただし、8年間の徴収実績と1年分の遭難件数は集計期間も対象も異なり、これだけでは有料となる遭難の割合は算出できません。

つまりこの制度は、全国の登山者が身構えるような「救助の有料化」ではなく、運用実態はきわめて限定的な例外です。

埼玉方式は「6つの山域」に絞ったから動いている

手数料の対象は県内の山すべてではなく、告示で指定された6つの山域だけです。小鹿野二子山は西岳中央峰の山頂から水平距離1km、両神山と雲取山は山頂から3km、甲武信ヶ岳と笠取山は5km、日和田山は南麓の男岩から100m。いずれも遭難が集中する区域で、導入時、県は前年度の救助12件のうち7件がこの範囲で起きていたと説明しています。

金額の根拠も「救助の対価」ではなく、ヘリの燃料代の実費相当額という整理です。飛行時間は防災航空センターの離陸から医療機関への搬送完了までです。さらに、林業などの業務従事者、人命救助にあたった人、山小屋の運営者、学校教育の実習参加者などは免除されます。自然災害による遭難者や生活保護受給者には減免の規定もあります。

埼玉方式は「登山者から救助費を取る制度」ではなく、「レクリエーション目的で特定の危険地帯に入った人に燃料代の実費を求める制度」です。対象・金額・除外をここまで細かく固定できたからこそ、条例として運用が続いていると読めます。

富士山は「山域」ではなく「手続き」で線を引こうとしている

静岡県の鈴木康友知事が閉山期の防災ヘリ救助の有料化検討を指示したのは2025年5月22日で、山梨県も同じ時期に検討に入りました。しかし2026年4月の時点でも、静岡県の担当者は「課題が多く、難しい状況だ」と答えていました。その間も遭難は起き続け、2026年も1月と3月に計2件の出動があり、外国籍の登山者3人が負傷・滑落しています。

富士山には、開山期に限れば事前学習の義務化から1人4,000円の入山料まで厳格な制度がそろっています(2026年の開山期間は9月10日に終わりました)。問題は、それがすべて開山期間中の規制だという点です。閉山期の富士山は、この枠組みの外側にあります。

富士山の入山料4,000円は環境保全や安全対策の費用であり、遭難救助費の前払いではありません。払ったから救助が保証されるという性質のものではありません。

法律の側も動きません。元検事の前田恒彦氏は、消防組織法が市町村に救急・救助の責任を負わせ、その費用も市町村が負担すると定めていることを挙げ、公的機関による救助を有料にするには明確な法的根拠と制度設計が不可欠だと指摘しています。山麓の4市1町が2026年6月17日に有料化の検討を要望した際も、鈴木知事は「法的な壁がある」と応じていました。線を引ける場所がなければ、有料化は制度として成立しません。

静岡県では、閉山期の登山届の義務化や救助時の費用負担が検討されています。山梨県は2026年9月14日、閉山期の県防災ヘリ救助を原則有料とし、登山届の提出や安全対策の基準に応じて減免する方向性を公表しました。新たな届出制度と連動させ、2027年9月の閉山期からの適用を目指す方針です。対象や金額を含む詳細は制度化に向けた検討段階であり、2026年9月23日時点でこの新制度が施行されたわけではありません。

ここからは編集部の見方です。両県が詰めているのは「救助そのものの値段」ではなく、「守らなかった手続きへの負担」だと考えます。埼玉が「山域」で線を引いたのに対し、静岡と山梨は「手続きと装備」で線を引こうとしています。呼び名は同じ有料化でも、設計思想は別物ではないでしょうか。

山で遭難する人の2割は、登山者ではない

山岳ライターの森山憲一氏は2026年2月、2024年の遭難者3,357人のうち明らかに登山といえるのは2,676人で、残る681人(全体の約2割)は山菜・キノコ採りや観光、作業、渓流釣りなどだと整理しています。警察庁の2025年の統計でも、目的別では登山が79.1%、山菜・茸採りが6.5%を占めます。山で遭難するのは、登山者だけではありません。

森山氏は有料化そのものに反対しないとしたうえで、先に片づけるべき問いを挙げています。交通事故や海難事故の救助が無料なのに、なぜ登山者だけが対象になるのか。そもそも「山とは何か」を定義できないのに、どこからを有料の対象とするのか。そのうえで氏は、国立公園・国定公園内に限って有料化し、その費用を山岳保険でカバーする方式が落としどころではないかと述べています。

もうひとつ、繰り返し挙がる懸念が「救助要請をためらわせるおそれ」です。山梨県も、有料化を詰めるにあたって人命救助を最優先し、救助要請にためらいが出ない仕組みを検討していると報じられています。有料化の最大のコストは徴収額ではなく、この「ためらい」だと編集部は考えます。要請の遅れによって日没前の救助が難しくなり、翌日以降に持ち越される場合があります。埼玉県が金額を燃料代の実費に抑え、免除と減免を細かく置いたのは、この副作用を見越してのことだと思います。

信濃毎日新聞が2026年8月に報じた長野県内の登山者160人への調査では、有効な対策として救助ヘリの有料化を挙げる人がいる一方、最多は「登山計画書や装備の事前チェック」で75人・47%でした。登山者自身も、線引きの議論より手前に効くものがあると見ているようです。

まとめ:制度の結論を待つより、自分の側の備えを更新する

2026年9月23日時点で、埼玉県では指定された6山域の防災ヘリ救助に手数料がかかります。富士山では両県が制度を検討しており、山梨県は2027年9月からの適用を目指す方向性を公表しました。検討中の案と施行済みの制度を分けて確認する必要があります。

ただし、公的救助が無料であることと、遭難にお金がかからないことは別です。捜索が長引けば民間ヘリや民間救助隊の費用は自己負担になります。

制度の結論を待つ理由はありません。呼ぶ基準・保険・登山届の三つは、今日のうちに見直せます。

なお、要請後に居場所をどう伝えるかも捜索時間を左右します。YAMATOMO の位置共有機能も、家族や同行者が現在地を把握しておくための一つの手段です。

参考資料・出典

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