登山中にスマートウォッチが「心拍数が高すぎます」と通知してきた経験はないでしょうか。あるいは、心拍数の数値を見ながら「この値は大丈夫なのか」と判断に迷ったことがあるかもしれません。
スマートウォッチは今や多くの登山者の手首にあります。ただ、数値が表示されるだけでは、それをどう使えばいいかは分かりません。「ペースの目安にしたい」「疲労を客観的につかみたい」という目的に対して、心拍数の何を見て、どう動けばよいのかを整理します。
この記事では、心拍数の基本的な読み方から、登山中の実際の活用場面、限界と注意点まで、具体的な判断の手がかりを示します。なお、心臓や血圧に持病がある方は、登山計画そのものを含め、主治医に相談してください。
心拍数が登山で役立つ理由
登山中の「しんどさ」は、傾斜・荷物・気温・標高・体調・前日の疲れが複合して生まれます。速度や歩数だけではこの複合した負荷を測れません。心拍数は、これら複数の要因が体に与えている総合的な負荷を、リアルタイムで示すひとつの指標です。
同じ斜面を登っても、荷物が重ければ心拍数は高くなりますし、標高が上がるにつれても高くなります。逆に、心拍数が低いままであれば、その速度でのペースを維持できている可能性が高いといえます。感覚だけに頼るペース管理に、数値という軸をひとつ加えるのが、スマートウォッチを使う本来の意味です。
まず「自分の目安の上限」を知る
心拍数の活用には、自分の最大心拍数の目安が基点になります。よく使われる簡易計算式は「220 − 年齢」です。たとえば40歳であれば最大心拍数の目安は約180拍/分となります。これはあくまで統計的な推定値であり、個人差が大きいことを前提に使ってください。
登山の有酸素運動として適切とされる目安の範囲は、最大心拍数の50〜75%程度です。先の例(最大180拍/分)であれば、90〜135拍/分がひとつの参考値になります。この範囲での運動は、長時間維持しやすく、翌日への疲労が蓄積しにくい傾向があります。
注意したいのは、この「目安の上限」はあくまで出発点であるという点です。実際の登山では、急登のたびに一時的にこの上限を超えることがあります。重要なのは、数値が上限を超えたらどうするかではなく、その後、下がるかどうかです。
登山中の心拍数の見方——3つの場面
登り始めの立ち上がり
出発直後は、体が運動に対応しきれていないため、心拍数は急激に上昇します。この時間帯は数値が高くなりやすく、感覚よりも心拍数が先に上がる傾向があります。最初の15〜20分は特に意識してゆっくり歩き、心拍数が落ち着いてから徐々にペースを上げると、その後の行程が安定しやすくなります。
登り区間のペース管理
急な登りで心拍数が目安の上限を大きく超えた場合は、立ち止まるか歩幅を小さくしてペースを落とします。ここで便利なのが「会話テスト」との組み合わせです。一文を普通に話せる状態であれば、負荷は概ね適切な範囲にあることが多いとされています。心拍数と主観的なきつさ(ボルグスケールなどの自覚的運動強度)を照らし合わせながら、自分の感覚と数値のずれを少しずつ把握していくと、次第に数値の読み方が精度を増します。
休憩中の回復確認
休憩中の心拍数の下がり方は、その時点での疲労度や体調を把握する手がかりになります。5分休憩後も心拍数が高止まりしているときは、疲労が蓄積しているサインとして受け取り、次の区間のペースを意図的に落とす判断材料にしてください。
スマートウォッチの計測精度と限界
スマートウォッチの光学式心拍センサーは、手首の血流の変化から心拍数を推定しています。精度には条件がよいときとそうでないときがあり、以下の状況では誤差が大きくなりやすいとされています。
- 腕の動きが激しいとき:岩場や鎖場でバランスを取るために腕を使う場面では、ノイズが乗りやすくなります。
- 冷えているとき:気温が低いと末梢の血流が減り、センサーが値を拾いにくくなります。グローブの下に着ける際も同様です。
- バンドの緩みがあるとき:皮膚との隙間ができると値が安定しません。登り始める前にフィット感を確認してください。
- 高標高:一部の機種は、低酸素環境での精度について注意書きを設けています。使用機種の仕様を確認してください。
このため、登山中の心拍数はあくまで「傾向を見る指標」であり、医療機器の計測値とは異なります。高い・低いの絶対値で判断するよりも、自分の普段のパターンとの比較に使うほうが実用的です。
また、胸部に装着する心拍センサー(チェストベルト型)は光学式よりも精度が高い傾向がありますが、着脱の手間があるため、日常的な登山での使用例はそれほど多くありません。本格的なトレーニングを積んでいる方は検討の余地があります。
標高と心拍数の関係
標高が上がると空気中の酸素濃度は変わりませんが、気圧が下がるため酸素の取り込み量が減ります。これを補うために、体は心拍数を上げてより多くの血液を循環させようとします。
平地では問題ないペースでも、2,000mを超えると心拍数が予想以上に上がるのはこのためです。「いつもと同じペースのはずなのに心拍数が高い」という場面では、標高の影響を考慮してペースを落とすことが有効です。目安の上限の数値は同じでも、高標高では体への負荷が平地より大きいと考えて行動することが基本です。
高山病の初期症状(頭痛・吐き気・倦怠感)と心拍数の上昇が重なったときは、すぐに下山を検討してください。心拍数はあくまで補助的な情報であり、体の自覚症状が最優先の判断基準です。高山病の予防や対処については、登山前に医師や山岳関係の専門機関が発行するガイドラインで確認することを勧めます。
記録して使う——次の山行への活用
心拍数データはリアルタイムの判断にだけ使えるわけではありません。山行後に記録を見返すことで、「どの区間で負荷が高かったか」「休憩でどれだけ回復していたか」が分かります。
- 難易度の高い山行の前に、同程度の標高差をもつ山で心拍数の推移を確認しておく
- 前回と同じルートを歩いたときに心拍数が下がっていれば、体力の向上の参考になる
- 下山後も心拍数が落ちにくいときは、翌日の疲労感と照らし合わせて蓄積疲労のサインをつかむ
ただし、スマートウォッチが記録するデータの保存期間や同期先のアプリの仕様は機種によって異なります。長期記録を管理したい場合は、使用機種の公式情報で確認してください。
次の行動
今の自分の最大心拍数の目安(220 − 年齢)を計算し、50〜75%の範囲をメモしておきましょう。次の山行では、登り区間の数分ごとに心拍数をチラ見して、その値と「きつさの感覚」のずれを記録してみてください。数値の絶対値よりも、自分のパターンを蓄積することがスマートウォッチを活かす最初のステップです。YAMATOMOの登山記録機能に、その日の気づきをメモとして残しておくと、次の山行の計画に役立てやすくなります。
参考資料
- 厚生労働省「健康づくりのための身体活動・運動ガイド」
- 日本山岳・スポーツクライミング協会 安全登山に関する指針
- 気象庁 山岳気象情報