下山後に足の爪が黒く変色していた、という経験を持つ登山者は少なくありません。爪が内出血を起こす原因のほとんどは、つま先が靴の前方に繰り返しぶつかることです。靴のサイズが大きすぎる場合もありますが、サイズが合っていても締め方が不適切だと同じことが起こります。
靴ひもの役割は「足を靴の中で固定すること」です。特に下りでは、体重が前方にかかるたびに足全体が前へスライドしようとします。この動きをひもで抑えられていれば、つま先は靴先端に当たりません。逆に言えば、どれだけ靴の性能が高くても、ひもの締め方が甘ければ防げない問題です。
この記事では、下りで爪を守るための締め方の原則と、具体的な結び方の手順を説明します。靴を買い替える前に、まず締め方を見直してください。
なぜ下りで爪が痛むのか
平地や登りでは、足は靴の中で比較的安定しています。体重のかかり方が垂直に近く、足が前方へ移動する力は小さいからです。
下りになると状況が変わります。傾斜に沿って体重が前方へ傾き、一歩踏み出すたびに足全体がつま先方向へ押し出されます。この動きが数百回、数千回と繰り返されると、つま先が靴の先端に当たり続け、爪の下に内出血が生じます。これを「ブラックトゥ」と呼びます。
足が前方へずれる距離は、わずか数ミリであっても問題になります。靴ひもで足首から甲にかけてをしっかり固定すれば、このずれ自体を抑えることができます。
締め方の前に確認すること
靴ひもの技術を活かすには、前提となる条件があります。
靴のサイズ:つま先に余裕がなさすぎると、そもそも締め方で補えません。一般的に、登山靴はつま先に1〜1.5cm程度の余裕があるサイズを選ぶとされています。逆に余裕が大きすぎると、締めても足が動きやすくなります。
靴下の厚さ:靴下が薄すぎると、靴の中で足がずれやすくなります。登山用の中厚手以上のウール混や合成繊維の靴下を使うと、靴との間に適度なフィット感が生まれます。
靴ひもの状態:ひもが伸び切っていたり、途中で切れて短くなっていたりすると、必要な締め付けが得られません。出発前にひもの状態を確認する習慣をつけてください。
基本の締め方——足首の固定が最重要
靴ひもは「下から順に締めていく」のが原則です。つま先側から始め、足首に向かって段階的に締めていきます。
手順
- つま先側のアイレット(ひも穴)から始める。最初のひも穴から順に通し、各段でひもを左右均等に引き締めます。引き締める方向は「上方向」ではなく「外側へ水平に引く」イメージです。
- 甲の部分はやや強めに締める。甲がしっかり固定されると、足全体の前後の動きが抑えられます。ただし、しびれを感じるほど強く締める必要はありません。
- 足首のフック(くるぶし周辺)は特に注意して締める。多くの登山靴には、足首付近にフック状の金具(クイックフックまたはスピードフック)があります。ここでひもをしっかり引き締め、かつ「ロック」することが下り対策の核心です。
足首フックでのロック方法
足首部分のフックで、ひもを「折り返してかける」だけでなく、次のように一手間を加えます。
- フックにひもをかけた後、そのまま次のフックへ進まず、同じフックにひもをもう一度巻き付けてから次へ進む「ヒールロック(ヒールホールド)」と呼ばれる方法があります。これによりフックの位置でひもが固定され、歩行中に少しずつ緩んでいくのを防ぎます。
- 別の方法として、足首の最上部のフックまで通したあとに、左右のひもを一度交差させてから引き締めるやり方もあります。こちらも締め付けをフックの位置に固定する効果があります。
どちらの方法も、足首の固定力を高めるためのものです。自分の靴のフック位置と形状に合わせて試してみてください。
結び目——「ほどけない」ことも安全に直結する
締め方と同じくらい重要なのが、結び目のほどけにくさです。下山途中でひもがほどけると、締め直しのために立ち止まる必要があります。傾斜のある場所での立ち止まりは転倒リスクを高めます。
ダブルノット(二重結び)は最も簡単で効果的な方法です。通常の蝶結びの最後に、ループをもう一度くぐらせるだけです。少し解きにくくなりますが、行動中のほどけをほぼ防げます。
結び目は靴ひもの素材によってもほどけやすさが変わります。ポリエステル製のつるつるしたひもはほどけやすい傾向があります。同じ靴でも、ひもを登山向けのワックスコードやラウンドコードに替えると固定力が上がる場合があります。靴ひもは消耗品として扱い、定期的に状態を確認してください。
下山前に締め直す
出発時に正しく締めていても、数時間の行動でひもは少しずつ緩みます。特に登り主体の行動から下りに転じるタイミング——山頂や稜線での休憩後——は、ひもを締め直す絶好のタイミングです。
締め直すときは、一度全体を緩めてから改めて下から締め直すのが原則です。上のフックだけを引き締め直しても、甲や土踏まず部分の緩みは改善されません。面倒に感じるかもしれませんが、下りの数時間を快適に歩けるかどうかに直結します。
また、急な下りが続く場面では、足首の締め付けをやや強くするとずれが減ります。一方、緩やかなトラバース(横断歩行)が長く続く場合は、強すぎる締め付けが足首を疲労させることもあります。地形に応じて微調整する意識を持つと、長時間行動でも足への負担を分散できます。
靴ひもと靴の構造を合わせて理解する
登山靴には、ハイカット・ミッドカット・ローカットの区別があります。ハイカットはくるぶしより上まで靴が覆うため、足首のフックが多く、今回説明した固定の効果が最も発揮されやすい構造です。ミッドカットはフックの数が少ないため、甲部分の締め方がより重要になります。ローカットはフック自体が少ないか存在しない場合もあり、足首を靴で固定する機能はほとんどありません。
自分の靴がどの構造で、フックが何段あるかを把握したうえで締め方を決めると、より効果的に対応できます。靴のインソール(中敷き)のフィット感も足のずれに影響します。インソールが合っていない場合は、靴専門店や登山用品店で相談してみてください。
次の行動
次の山行の前に、靴ひもを一度すべて外し、今回の手順を確認しながら下から締め直してみてください。特に足首のフック部分でのロック方法を意識するだけで、下りの感覚が変わります。靴ひもの状態(伸び・ほつれ)もあわせて確認し、劣化しているようであれば替えのひもを登山用品店で探してみてください。YAMATOMOの加盟店検索から近くの登山ショップを探すこともできます。
参考資料
- 日本山岳・スポーツクライミング協会(JMSCA)登山技術関連資料
- 各登山靴メーカーの公式フィッティングガイド