「山の歌」と検索する人は、山に関係する曲の名前を知りたいのか、あるいは山小屋や仲間と歌える曲を探しているのか、そのどちらかであることが多いようです。この記事では、日本で山と結びついて歌い継がれてきた曲を、時代と背景ごとに整理し、それぞれの曲がどういう文脈で歌われてきたかを説明します。
「山の歌」には大きく三つの系統があります。ひとつは信仰や労働と結びついた民謡・山岳民謡。ふたつめは近代登山が広まった明治末から昭和にかけて作られた登山歌・山岳歌謡。みっつめは山小屋や山岳部で世代を超えて受け継がれてきた山仲間の歌です。同じ「山の歌」でも、生まれた場所と役割がまったく異なります。
信仰と労働から生まれた山の歌
日本の山は古くから神仏が宿る場所とされ、修験者や参詣者が山道を歩くときに唱えたり歌ったりする声は、祈りと歌の中間にあるものでした。富士山に向かう「富士講」の道者が歌った「富士山のぼり歌」や、御嶽山・白山・立山の参詣者が口にした節付きの言葉は、山の厳しさに対する畏れと感謝が言葉になったものです。現代の登山者が意識することは少なくなりましたが、今も開山祭で流れる音楽や山頂での祝詞に、こうした祈りの声の名残を感じることができます。
一方、山で働く人々——木こり、炭焼き、猟師——が口ずさんだ労働歌も山の歌の一形態です。秋田の「マタギ歌」や各地の「木やり(こやり)」と呼ばれるかけ声は、仕事の手順やリズムを整える実用的な機能を持っていました。こうした歌は文字に残りにくく、多くは口承のまま消えていきましたが、各地の民俗資料館や国立国会図書館のデジタルコレクションに録音・採譜が保存されているものもあります。
近代登山とともに広まった山岳歌謡
明治末から大正にかけて、ヨーロッパアルプスの登山文化が日本に紹介されると、山岳会が結成され、山の歌も輸入されるようになりました。その代表がスイス・ドイツ語圏の山岳民謡をもとにした「山の歌」の数々で、中でも「山男の歌」(西堀栄三郎作詞)は昭和初期から山岳部や山小屋で広く親しまれ、今でも知っている登山者は多いです。「ヤッホー」という言葉が日本に定着したのも、こうしたアルプス文化の流入と無関係ではありません。
昭和に入ると、ラジオや映画を通じた大衆歌謡のなかにも山を題材にした曲が生まれます。「山小屋の灯」「アルプスの牧場」「高原列車は行く」といった曲は、登山者のためというより、山へのあこがれを都市生活者に届けるものでした。同時期に山岳部・ワンダーフォーゲル部の文化が大学に根付き、「雪山讃歌」(西堀栄三郎・犬養道子ら訳詞、アメリカ民謡「いとしのクレメンタイン」の曲)が学生を中心に全国へ広まりました。この曲は現在でも、山小屋の夕食後や登山イベントで歌われることがあります。
山小屋文化と「みんなで歌う」伝統
山小屋の夜に歌が生まれやすいのには理由があります。電波が入りにくく、娯楽の持ち込みが難しい環境で、ロウソクやランタンを囲んで複数人が過ごすとき、声を合わせることが自然なコミュニケーションになるからです。楽器を持ち込める状況ならギターやハーモニカが活躍し、そうでなければア・カペラで歌われる。こうした場から定着した山の定番曲として、「山男の歌」のほかに「さらば山よ」「白馬岳」「北アルプス讃歌」などが挙げられます。
これらの曲に共通しているのは、決して技巧的ではなく、覚えやすいメロディーと、山の景色や仲間への感情を直接表す言葉で作られていることです。一緒に登った仲間と同じ空間で声を合わせることで、登頂の達成感や苦労を共有するという機能があり、曲そのものより「その場で歌う行為」が意味を持ちます。
山岳部やワンゲル部出身の登山者の中には、自分たちの「部歌」や「山行歌」を持つ文化を知っている人もいるでしょう。こうしたオリジナル曲は外部には知られていなくても、小さなコミュニティの記憶として何十年も歌い継がれることがあります。
現代に残る山の歌と新しい動き
2000年代以降、山岳をテーマにした曲のあり方は変化しています。フォークやポップスの形式で山への思いを歌う曲が個人ミュージシャンから発表されるようになり、動画プラットフォームを通じて登山者コミュニティに広がるケースも出てきました。従来の「山の歌」が山岳会・登山学校・山小屋という場を経由して伝わっていたのに対し、現代の山の歌はSNSやストリーミングサービスを通じて届きます。
一方で、昭和の山岳歌謡の名曲は根強く歌い続けられています。「雪山讃歌」「山男の歌」は、歌詞を知らなくてもメロディーだけは知っているという登山者は多く、山岳関連のイベントや山小屋のレクリエーションで現在も登場します。こうした曲を知っておくと、山仲間との話題のきっかけになることもあります。
また、修験道や山岳信仰の流れを受けた「山伏の歌」「先達の声明(しょうみょう)」は、宗教行事として今も山中で行われています。修験の山として知られる出羽三山・大峯山・英彦山などでは、今も法螺貝と声明が山の空気に溶け込む場面があります。参加や見学の可否は各山の管理団体・社寺に確認が必要です。
山の歌を調べるときの手がかり
「山の歌」に関心を持った人が次に調べるとき、参考になる資料や場所をいくつか整理しておきます。
- 日本山岳会・各地山岳会の機関誌・文集:山岳歌謡の歌詞や歴史的背景が記録されていることがあります。
- 国立国会図書館デジタルコレクション:山岳関係の古い書籍・雑誌に山の歌の採譜や解説が含まれる場合があります。
- 各地の民俗資料館・郷土資料館:山岳信仰や山仕事に関係する民謡の記録を所蔵しているところがあります。
- 山小屋のスタッフや常連登山者への聞き取り:特定の山域に伝わる歌は、文字化されずに人から人へ伝わっていることがあります。
次の行動
気になる曲があれば、まずその曲が生まれた背景——時代・山域・作った人——を調べてみると、山の歴史の見え方が変わります。山小屋に泊まる機会があれば、夕食後の時間にスタッフや他の登山者に「この山で歌われてきた歌はありますか」と尋ねてみるのも、山の文化に触れる方法のひとつです。YAMATOMOのコミュニティ機能を使えば、山の文化に関心を持つ仲間と話題を共有することもできます。
参考資料
- 日本山岳会 編『日本登山史』
- 各都道府県立図書館所蔵の山岳・民俗関連郷土資料
- 国立国会図書館デジタルコレクション(山岳・民謡関連資料)