著者 YAMATOMO 編集部 公開日 約9分で読めます

「SNSだけ見て登るのは危険」——増える初心者登山者と、里山でも起きる遭難の現実

里山の分岐で地図とコンパスを確認する準備のイメージ
AI生成によるイメージ、実際の現地・現在の状況を撮影したものではありません。

「SNSだけ見て登るのは危険」——そう言ったのは、SNSで登山を発信している側の人でした。2026年9月2日、信濃毎日新聞は、登山系YouTuberの「やぎちゃん」さんが、動画やSNSで独学する女性登山者の増加を受けてそう呼びかけたと報じています。その6日後の9月8日には、同紙が長野市消防局「山岳救助隊」の訓練に密着し、初心者に人気の里山にも危ない場所があると伝えました。紅葉シーズンを前に、投稿から何が抜け落ちるのかを数字で確かめます。

「SNSだけ見て登るのは危険」と、発信する側が言い始めた

発信する側が「SNSだけ見て登るのは危険」と言うのは、よく考えると不思議な構図です。動画やSNSが入口になって登山を始める人が増えている——その入口をつくっている当人が、それだけでは足りないと言う。自分のコンテンツの価値を下げかねない発言です。

ただし、この「増えている」は統計ではなく、山岳関係者や発信者が現場で感じた変化として語られたものです。近い数字を1つ挙げると、警察庁の統計では20代の山岳遭難者が2024年の300人から2025年は429人へ増え、構成比も8.9%から11.8%に上がりました。遭難者の増加がそのまま登山者の増加を示すわけではありませんが、若い層の動きは数字にも出ています。

それでも言わざるをえない理由があるのでしょう。動画は「うまくいった一日」の記録であって、うまくいかなかった日の記録ではありません。8時間の山行が10分に編集されるとき、削られるのはたいてい、迷った15分、座り込んだ30分、引き返すかどうか話し合った時間です。SNSの登山記録は、成功例のうち発信したくなったものだけが残った、かなり偏ったサンプルではないかと考えます。

高尾山599mの遭難者は、穂高連峰より多い

警察庁が2026年6月18日付で公表した「令和7年における山岳遭難の概況等」には、主な山岳別の遭難状況という図があります。標高599mの高尾山の遭難者は2025年に106人。同じ図で標高3,190mの穂高連峰は78人です。2024年は高尾山131人に対し穂高連峰66人。599mの山が3,190mの連峰を実数で上回る構図は2025年も変わりません。もっとも、5年平均と比べた増え方は穂高連峰のほうが大きく(38.3%増、高尾山は4.5%増)、低山だけが増えているわけではありません。

高尾山は登山者数が桁違いに多いので、1人あたりの危険度が高いという意味ではありません。ただ、救助を呼ぶ事態が実数としてどこで起きているかといえば、ケーブルカーで中腹まで上がれる599mの山です。都道府県別の発生件数も、2025年は長野県358件、北海道199件、山梨県192件と続きますが、3,000m峰を1つも持たない神奈川県が175件で4番目です(2024年は東京都と並び183件で3位でした)。

低山で起きる事故の形は、一つではありません。登山アプリのYAMAPがまとめた2025年の事故状況では、岐阜県で標高の低い里山のほうが北アルプスより遭難が増えているという報告とともに、遠見山(272m)や金華山(329m)では道迷いより転落・滑落が目立つ傾向が紹介されています。里山を「迷う山」だとだけ思うと、足元の危険を見落とします。

この概況が、2026年9月時点で参照できる最新の年次統計です。2025年の全国の遭難者は3,623人と過去最多、死者・行方不明者は332人。単独登山の遭難者1,367人のうち死者・行方不明者は15.3%で、2人以上での登山の5.5%を9.8ポイント上回りました。これは遭難した人の中での比較で、登山者全体の死亡・行方不明の確率を表すものではありません。

里山を難しくしているのは、道の多さと日没の早さ

長野市消防局が「山岳救助隊」を発足させて、まもなく半年になります。信濃毎日新聞が9月8日に密着した本年度5回目の訓練は、北アルプスの稜線ではなく、長野市若槻地区の三登山(923m)で行われました。隊員12人が、バーチカルストレッチャーとロープで要救助者を運び下ろす訓練です。標高923mの里山が訓練の場に選ばれている——「初心者に人気の山なら安全だ」という感覚は、現場の備え方とずれています。

低い山が難しい理由は、地形よりも道の数にあると考えます。里山には登山道のほかに作業道、獣道、送電線の巡視路、かつての生活道が走っています。どれも人や動物が歩いた跡で、踏み跡としては本物です。標識のないまま明瞭な道が二手に分かれる場面に、里山では珍しくなく出会います。樹林帯では遠くの尾根や山頂が見えず、地形の見通しが利きにくくなります。高山の稜線でも悪天候なら視界を失うため、標高や見通しだけに頼らず、地図・方位・現在地を照合する必要があります。

そこに日没が重なります。国立天文台の計算では、東京の日の入りは2026年10月1日が17時26分、10月31日は16時47分で、1か月のうちに39分早まります。樹林帯の中はさらに早く暗くなります。里山で怖いのは道迷いそのものではなく、道迷いに日没が重なることです。

投稿を計画に翻訳する——撮影日・下山時刻・分岐の数

では、投稿を見たあとに何を補えばよいのか。出発前に埋めておきたい空欄は3つです。

  1. 撮影日を特定する:投稿日ではなく、実際に歩いた日を割り出します。登山記録アプリなら活動日が残っているので、そちらを見ます。写真SNSで日付がなければ、落葉の量や残雪、日差しの角度から季節のずれを疑い、判断がつかなければコメントで直接いつ歩いたのかを聞きます。分からなければ「参考にならない投稿」と割り切ってかまいません。
  2. 下山完了の締め切りを決める:日の入り時刻を調べ、その1時間以上前を一つの目安に、明るいうちに下山を終える計画を立てます。樹林帯や谷、悪天候ではさらに早く暗くなるため、地形と同行者のペースに合わせて余裕を増やします。往路の時間が読めない山では、折り返し時刻も先に決めておきます。
  3. 分岐の数を数えておく:地形図や登山地図アプリで、往路にいくつ分岐があるかを事前に数えます。数を知っていれば、通過した分岐が想定より多い時点で異変に気づけます。地図に載っていない作業道もあるため、数だけに頼らず、各分岐で進路と現在地を照合します。

1つ目が秋にとくに効きます。日本気象株式会社が2026年9月2日に発表した第1回の紅葉・黄葉見頃予想では、秋の気温が平年より高めに推移する見込みから、今年の見頃は全国的に平年並みか遅いとされました。長野は11月21日で平年より9日遅く、札幌は11月7日で10日遅い予想です。一方、標高2,300mの涸沢カールは、例年9月下旬から10月上旬が見頃とされる場所です。2026年の麓の予想日と、例年の涸沢の見頃を並べるだけで、1か月以上の差になります。10月上旬の北アルプスの紅葉写真を見て近所の里山へ向かえば、紅葉にはまだ早く、日没だけが確実に早い一日になります。

まとめ:SNSは入口として優秀、計画書としては不完全

SNSは、山の入口としてはこれまでのどの媒体よりも敷居を下げたと思います。見たことのない谷の紅葉を知って登山を始めた人は大勢いるはずです。問題は投稿でも投稿者でもなく、投稿をそのまま計画書として使ってしまう読み方のほうにあります。

警察庁の態様別データを並べると、道迷いの構成比は2019年の38.9%から2024年は30.4%まで下がり、2025年は30.9%と横ばいに戻りました。一方で転倒は16.8%から19.2%へ、疲労は7.5%から9.8%へ、いずれも2019年より高い水準にあります。この集計だけで、アプリの普及が増減の原因だと判断することはできません。現在地を確かめる備えに加え、体力と時間を見積もることも欠かせません。地図アプリは現在地を教えてくれますが、「引き返すべきか」は教えてくれません。

投稿から読み取れないのは、装備でも体力でもなく、その日の判断です。最初の数回を経験者と歩けば、写真には写らない「引き返す判断」を目の前で見られます。地域の山岳会、ガイド、登山者同士がつながるサービス(YAMATOMOもその一つです)——入口はどれでもかまいません。

参考資料・出典

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