山で虫に刺されると、下山後に症状が悪化することがあります。特にブヨは刺された直後より数時間〜数日後に腫れや痒みが強くなる場合があり、アブは皮膚を噛み切るため出血を伴うこともあります。マダニは感染症のリスクがあるため、付着に気づいたときの対処が重要です。
虫よけ製品を正しく選び、肌の露出を減らし、行動中の確認を習慣にする——この三つを組み合わせることが、山での虫対策の基本です。市販のスプレーを一本持つだけでは不十分な場面があります。それぞれの虫の特性に合わせた対策を整理しておきましょう。
ブヨ・アブ・マダニ、それぞれの特性を知る
ブヨ(ブユ)は体長2〜5mm程度の小さな吸血昆虫で、水辺や渓流沿いの湿った環境に多く生息しています。夏の低山から亜高山帯まで広く分布し、特に早朝や夕方の薄暗い時間帯に活動が活発になります。皮膚をかじって吸血するため、刺された直後は軽い痛みや出血を伴うことがあります。その後、アレルギー反応によって赤く腫れ上がるケースが多く、かき壊すと治りが遅くなります。
アブはブヨより大きく、体長10〜25mm程度のものが多く見られます。真夏の日中に活動し、動くものに反応して追いかけてくる習性があります。皮膚を噛み切って出血させる吸血スタイルのため、刺された瞬間に強い痛みがあります。稜線や林道など開けた場所でも遭遇します。
マダニは昆虫ではなくクモの仲間で、草地や低木の葉先で宿主を待ち構えます。登山者が草をかき分けて歩く際や、休憩で腰を下ろした場所で付着します。吸血中は痛みをほとんど感じないため、気づかないまま数時間〜数日間付着していることがあります。マダニが媒介する感染症(日本紅斑熱、重症熱性血小板減少症候群など)は重篤化することがあるため、咬まれた後に発熱・発疹などの症状が出た場合は速やかに医療機関を受診し、山でマダニに咬まれた可能性があることを伝えてください。
虫よけ成分の選び方
市販の虫よけ製品には主に三つの有効成分が使われています。それぞれの特性を踏まえて選びましょう。
ディート(DEET)はブヨ・アブ・マダニのいずれにも一定の効果があるとされ、日本でも濃度10〜30%の製品が市販されています。濃度が高いほど持続時間が長くなる傾向がありますが、合成樹脂(プラスチック・ナイロン系の素材)を溶かす性質があるため、時計のベルトや眼鏡フレーム、雨具のコーティングに触れないよう注意が必要です。小児への使用については、年齢ごとに使用可否・濃度・使用回数の目安が定められているため、製品の説明書と小児科医の指示を確認してください。
イカリジン(ピカリジン)はディートと同等以上の忌避効果があるとされ、素材への影響が少ない点が特徴です。肌への刺激感もディートより少ないと言われており、素材を気にする場面や肌が敏感な人に選ばれることが多い成分です。日本では高濃度製品も流通しており、マダニへの効果も期待されています。
天然成分系(シトロネラ・ユーカリなど)の製品は化学成分が気になる人に選ばれますが、一般的に持続時間が短く、再塗布の頻度が高くなります。長時間の行動や虫の多い環境では、化学成分の製品に比べて防御力が落ちる場合があります。
製品の持続時間は「約2〜8時間」と幅がありますが、発汗・日焼け止めの重ね塗り・雨によって効果は短くなります。山では1〜2時間ごとの塗り直しを目安にするのが現実的です。
衣類と装備で露出を減らす
虫よけスプレーだけに頼らず、物理的なバリアを作ることが重要です。特にマダニ対策では、薬剤だけでは付着を完全に防げないため、衣類による遮断が中心になります。
露出を減らす服装の基本として、長袖・長ズボンを着用し、袖口・裾・首回りはしっかり閉じます。靴下はズボンの裾の外側に出すか、ゲイター(スパッツ)で裾を覆うことで、マダニが皮膚に到達するルートを塞ぎます。
帽子はブヨやアブが顔周りに集まることへの対策として有効です。虫の多い低山や沢沿いを歩く場合は、帽子に取り付けるタイプの防虫ネット(頭部を覆うメッシュのネット)が役立ちます。
衣類への虫よけとして「ペルメトリン」処理した製品や、自分で処理するスプレーも市販されています。ペルメトリンは皮膚への直接塗布には適していませんが、衣類に処理することでマダニを含む虫への効果が期待できます。使い方は製品の指示に従ってください。
行動中・行動後の確認手順
薬剤と服装で備えても、行動中の確認を怠ると効果が薄れます。
行動中は休憩場所に注意します。草の上に直接座ったり、低木に触れながら休んだりするとマダニが付着しやすくなります。地面に置くザックや荷物からも衣類へ移ることがあるため、ザックカバーや防水袋に入れる習慣も一つの対策です。ブヨやアブは特定の時間帯(早朝・夕方・曇天・雨上がり)に多いため、その時間帯は肌の露出をより意識して絞ります。
行動後のマダニ確認は下山後できるだけ早く行います。マダニはわきの下・太もも・膝裏・足首・頭皮・耳の後ろなど皮膚のやわらかい場所や衣類の境目を好みます。自分では見えにくい背中や頭皮は、入浴時に鏡を使うか他の人に確認してもらいましょう。
マダニが付着していた場合は、自分でピンセットなどで無理に引き抜こうとすると口器が皮膚に残ることがあります。医療機関で除去してもらうのが一般的な対処とされています。除去後も数週間は体調の変化(発熱・発疹・倦怠感など)に注意し、異常があれば医療機関に相談し、山でマダニに咬まれた可能性があることを伝えてください。感染症の詳細な対処については医師の判断を優先してください。
製品を組み合わせる実際の準備
山行に持っていく虫よけの構成を整理します。
- 肌用スプレーまたはローション(イカリジン高濃度またはディート):1本。素材への影響を気にする場合はイカリジン系を選びます。
- 防虫ネット(帽子用):ブヨの多い沢沿い・低山の夏山に有効です。コンパクトに折りたためるものをザックの上蓋ポケットへ。
- 虫刺されの痒み止め:市販のステロイド外用薬。刺された直後に使うと腫れの進行が抑えられる場合があります。ただし使用は説明書・薬剤師の指示に従い、合わない場合は医師に相談してください。
- ピンセット(先が細いもの):マダニ除去を医療機関に任せるのが原則ですが、下山まで時間がかかる場合を想定して携行する人もいます。使用には注意が必要であり、除去後は必ず医療機関を受診することをおすすめします。
製品を重ねて使う場合(虫よけ+日焼け止めなど)は、日焼け止めを先に塗り、その後に虫よけを重ねるのが一般的とされています。ただし製品によって指示が異なるため、それぞれの説明書を確認してください。
次の行動
まずは自分の山行先の環境——渓流沿いか稜線か、標高・季節・行動時間帯——を確認し、ブヨ・アブ・マダニのどのリスクが高いかを整理しましょう。その上でイカリジンまたはディートの肌用製品を一本用意し、長袖・長ズボンの着用と下山後のマダニチェックを習慣にします。感染症やアレルギー反応が疑われる症状が出た場合は、自己判断せず医療機関を受診してください。YAMATOMOのベースキャンプや目的別コミュニティでは、同じ山域を歩く仲間から直近の虫の状況を聞くことができます。
参考資料
- 厚生労働省「マダニ対策について」
- 環境省「ライム病・日本紅斑熱等マダニ媒介感染症について」
- 農林水産省「ブユ(ブヨ)について」
- 独立行政法人 国立感染症研究所「重症熱性血小板減少症候群(SFTS)」