「水は何リットル持てばいいですか」という問いに、「1〜2リットル」と答えるだけでは不十分です。必要量は体重・気温・行動時間・標高差によって変わるため、同じ山でも人によって倍近く差が出ることがあります。
この記事では、体重と気温を入力値にした計算式を中心に、出発前に必要量を見積もる手順を説明します。計算式はあくまで目安であり、個人の体質・体調・ルートの条件によって実際の必要量は変動します。自分の傾向を把握する出発点として使ってください。
基本の計算式:体重と行動時間から求める
登山中の水分補給の考え方として、運動生理学の一般論では「体重1kgあたり・1時間あたり約5ml前後を汗や呼気で失う」という目安がよく使われます。これを式にすると次のようになります。
1時間あたりの発汗量の目安(ml)= 体重(kg)× 5
体重60kgの人が6時間歩く場合、60 × 5 × 6 = 1,800ml、つまり約1.8リットルが基準の発汗量です。飲んだ水がすべて補給に回るわけではないため、この量を丸ごと持つのではなく、ここから補給計画を立てる起点として使います。
ただしこの係数「5」は穏やかな気温・平地ベースの値です。登山では気温・斜度・荷物の重さが加わるため、後述する気温補正が不可欠です。
気温で補正する:係数を変える考え方
気温が上がると発汗量は急増します。一般的な目安として、次のように係数を変えることが推奨されています。
- 15℃以下(秋・早春の涼しい山)、係数(体重1kgあたり・1時間):約3〜4ml
- 15〜25℃(春秋の標準的な登山)、係数(体重1kgあたり・1時間):約5ml
- 25〜30℃(夏の低山・亜高山帯)、係数(体重1kgあたり・1時間):約6〜8ml
- 30℃超(真夏の低山、直射日光下)、係数(体重1kgあたり・1時間):約8〜10ml以上
体重60kgの人が気温28℃の夏山を6時間歩く場合、60 × 7(中間値)× 6 = 2,520ml、約2.5リットルが目安になります。涼しい秋山で同じ条件なら、60 × 4 × 6 = 1,440ml、約1.4リットルです。同じ山・同じ人でも気温だけで1リットル以上の差が出ることがわかります。
標高が高い稜線では気温が低くても日射が強く、紫外線による体力消耗が大きいため、係数を一段上げて見積もるほうが安全側に働きます。
持つ量と飲む量を分けて考える
計算式で出た数字は「体から失われる量」であり、「口から飲むべき量」と完全には一致しません。食事に含まれる水分(おにぎり・行動食・汁物など)が一部を補います。一方、高地・乾燥した稜線では呼気からも水分を失います。
実用的な考え方は次のとおりです。
- 計算式の結果を「最低ライン」とする。食事の水分を差し引いて減らすより、計算値を持参量の下限として扱うほうが安全です。
- 山小屋・水場で補給できる場合は、その区間ごとに分割して計算する。補給ポイントが確実なら全行程分を持つ必要はありませんが、水場の状況は季節や年によって変わるため、事前に山小屋や自治体の公式情報で確認してください。
- 予備として計算値の10〜20%を上乗せする。渋滞・道迷い・体調不良で行動時間が延びることは珍しくありません。
体重60kgの人が夏山(係数7)で6時間歩く場合、2,520ml + 予備500ml = 約3リットルを目安に準備し、補給ポイントの有無で調整する、というのが一つの実践例です。
脱水と飲みすぎの両方を知る
登山における水の問題は「足りない」だけではありません。「飲みすぎ」による低ナトリウム血症(水中毒)も、長時間の山行では起こり得ます。これは水だけを大量に摂ることで血液中のナトリウム濃度が下がる状態で、頭痛・吐き気・倦怠感が脱水に似ているため判断が難しいです。
対策は「水だけでなく塩分も補う」ことです。行動食に塩分を含むもの(梅干し・塩タブレット・スポーツドリンクなど)を組み合わせることが一般的に推奨されています。運動中のナトリウム補給の適切な量は個人差が大きいため、持病がある方や長距離山行の計画がある方は医師に相談してください。
脱水の目安として「体重の2%以上を失うとパフォーマンスが低下する」という考え方があります。体重60kgなら1.2kgの損失です。喉が渇いたと感じる前に、15〜20分に一口ずつ補給する習慣が有効とされています。
計算式を使う前に確認すること
計算式は便利ですが、前提となる情報を正確に把握しないと数字がずれます。出発前に次の点を確認してください。
- 行動時間の見積もり:コースタイムは体力や経験によって大きく変わります。初心者は公式コースタイムの1.2〜1.5倍を目安にするとよいでしょう。
- 気温の予測:山頂の気温は気象庁の山岳天気予報や、各地の山岳気象サービスで確認できます。標高が100m上がるごとに約0.6℃下がるのが一般的な目安です。
- 水場・山小屋の情報:営業状況・水場の枯渇情報は、登山口を管理する自治体や山小屋の公式情報、登山届の受付窓口で確認してください。
次の行動
計算式で目安の量を出したら、その量を実際に背負って近場の低山で歩いてみてください。500mlボトルが何本分になるかを確認し、重さと消費ペースの感覚をつかむことが、次の山行の精度を上げる最短路です。YAMATOMOの「ベースキャンプ」機能では、近場の登山仲間を探して一緒に歩く機会を見つけることができます。水の消費ペースを他の登山者と比べてみるのも、自分の傾向を知る手がかりになります。
参考資料
- 厚生労働省「健康のために水を飲もう」推進運動(水分補給の基礎)
- 気象庁 山岳気象情報
- 警察庁 山岳遭難の概況(行動時間延長による遭難事例)